ユーマちゃんのブログ

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道徳教育

「道徳の教科化」というニュースが暫く前に流れました。それについて少し書きたいと思います。始めに言っとくと僕は右か左かと聞かれたら「右ではないから左」という感じです。

 

まず、道徳の教科化によって何が変わるか。「認定教科書を使わなければならなくなった」「担任による評価が付くようになった」というのが主な二つです。

 

ところで、学校では認定教科書というのが使われていますが、先進国の中で国が教科書を認定するというのは稀なんだそうです。欧米の先進国で日本のような制度がある国はありません。韓国や中国にはあります。

国が教科書を認定する、というのは悪い言い方をするならば、日本国的にOKなことしか教えちゃダーメよということです。

 

これ自体が僕は気に入らない。

まず、逆に認定がなくたって出版社がデタラメを書いたりすることはまずありません。違いが出るのは、歴史解釈や政治的な話題になるでしょう。

その辺に国が入ってくるのはどうなの?日本に都合の良いように変えてしまわん?と思うのです。まぁそれは多くの人が言ってることではあるのですが。

 

次に評価が付く話ですが、さすがに批判も多い内容なので教師も少しは気を遣ってくれるだろうし、努力していただきたい。それに尽きます。その辺、問題ありすぎて逆にどうにかなるかと思ってます。どうにかしてくれ。

 

 

ところで、道徳が今のポジションに落ち着くまではかなりの紆余曲折があったそうです。何度も道徳を教科として扱おうという話が出る度に批判が噴出してたち消えていました。

ではなぜ今になって教科化されたのか。それには色々な背景がありますが、端的にいえば「愛国教育の強化」であることは間違いないでしょう。

 

愛国心について僕は否定する気はさらさらありません。それが色々な良い面を持つことは間違いないのですから。ただ、まず「愛国心」が形のないものを愛しているということを理解する必要があると思います。誰かが誰かを愛するのとは根本的に違うのです。

そもそも国家とは幻想。日本という枠組みもアメリカという枠組みも形があるものとは違います。愛国心はそれを成り立たせるための一つのツールです。サークルのある友人が「国家としては愛国心を植え付けることは必要不可欠だ」と言っていましたが、確かにその通りだと思います。

 

 

しかし、愛国心は「国家を成り立たせるために」必要であるのであって、人間として生きるために必要なものでは全くないと思います。確かに「日本人らしさ」とか「日本人の誇り」を大切にしようという気持ちは理解できます。でもそれは日本に生まれたから、日本国籍だから持つべきものではないはずです。 

 

「国家を維持するのに必要なんだから愛国教育も必要だ!」と言われそうですが、そもそも昨今は国家という概念自体の価値が下がっていると思います。インターネットの普及とグローバル化は我々がローカルに留まる必要を無くしました。これからは国家の役割も小さくなるでしょうし、残った役割も変わるでしょう。

 

その上で国家を守りたいというのはただの老害の考えとも言えます。古いから悪いわけではなく、新しい考えに適応できない。そういう方はいつまでも国家にしがみついていれば良いと思います。

 

しかし、これからの人間に必要な力はそれと全く逆の方向にあると思います。愛国教育は「価値の薄れてるものに執着する人間を増やす教育」と言えるでしょう。

 

だから僕は愛国教育が嫌いですし、それに基づいた道徳教育も嫌いです。

これは僕の考えなので、ローカルな環境が良い。日本人なんだから国を愛するのは当然だ、と思ってる方は同意していただけないかと思います。ただ一度、それが幻想への愛だということは言いたいです。